創薬標的プロテオミクスプロジェクト
1.メンバー
プロジェクトリーダー | 足立 淳 |
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招へいプロジェクトリーダー | 石濱 泰 |
研究員 | 村岡 賢、金尾 英佑 |
研究調整専門員 | 石田真弓、平野 雅代 |
協力研究員 | 阿部 雄一、平野 秀和、久家 貴寿、松原 三佐子、原 康洋、白水 崇、村上 賢、軍司 大悟 |
技術補助員 | 高田 洋子、鷹合 成美 |
客員研究員 | 岡田 眞里子、朝長 毅 |
研修生 | 新藏 秋奈、上畑 恭平、花田 毅己 |
事務補助員 | 兵頭 聖子 |
2.研究目的・背景
現在、世界的に新薬開発が停滞していると言われており、特に日本発の新薬は欧米に比して少なく、日本の創薬研究の現状は満足のいくものとはなっていません。その原因として、創薬標的の枯渇があげられています。近年、次世代シークエンサーの登場で、疾患関連遺伝子変異は数多く見つかって来ており、病因の理解が深まっているように見えますが、遺伝子変異が創薬標的の発見に繋がることは少なく、薬の直接のターゲットであるタンパク質の異常の網羅的解析が重要です。
本プロジェクトでは、最先端のプロテオミクス技術を用いて、主に臨床検体を材料とした新規創薬標的を発見することを目的としています。同時に、薬の利きやすさを予測できるタンパク質を同定することにより、個々の患者さんに最適な治療法を提供する方法の開発も目指しています。さらに、薬理作用がよくわかっていない薬の作用機序を調べることにより、その薬の守備範囲を広げて、色々な病気に効く可能性を追求していきます。
3.研究内容
3-1. プロテオミクス技術開発
近年のプロテオミクスの進歩の大きなブレークスルーの1つは、質量分析計を用いた定量プロテオミクスおよび翻訳後修飾プロテオミクス技術の開発です。定量プロテオミクス技術に関しては、安定同位体標識法の登場で、検体間のタンパク質の比較定量のみならず、Selected/Multiple reaction monitoring (SRM/MRM)法による検体中のタンパク質の絶対定量が可能になりました。本プロジェクトは、下図に示すとおり、タンパク質同定数では世界トップレベルであり(1)、また、血中の微量なタンパク質の検出感度も世界トップレベルにあります(2)。
また、翻訳後修飾プロテオミクス技術については、特にリン酸化プロテオミクスの前処理法や解析ツールの開発により、十年前はせいぜい数十種類のリン酸化サイトしか同定できなかったのが、現在では一度の実験で数万種類のリン酸化サイトが同定できるようになりました。本プロジェクトでは、リン酸化の中でももっとも量の少ないチロシンリン酸化サイトの独自の同定技術を開発し、これまでの同定数の3倍のチロシンリン酸化サイト(約1,800サイト)の同定に成功しました(3)。
(参考文献)
- Wilhelm M, et al. Mass-spectrometry-based draft of the human proteome. Nature 2014, 509:582-7.
- Sano S, et al. Absolute quantitation of low abundance plasma APL1β peptides at sub fmol/mL level by SRM/MRM without immunoaffinity enrichment. J Proteome Res 2014, 13:1012-20.
- Abe Y, et al. Deep phosphotyrosine proteomics by optimization of phosphotyrosine enrichment and MS/MS parameters. J Proteome Res 2017 16, 1077-1086.
3-2.プロテオミクス技術を用いた新規創薬標的探索 ~大腸がんの新規創薬標的~
現在、創薬標的候補として最も有望視されているタンパク質の一つは膜タンパク質です。本プロジェクトでは、大腸がんの創薬ターゲット探索として、大腸がん患者組織の膜タンパク質を材料として、前述した定量プロテオミクス技術によりバイオマーカー候補となるタンパク質を探索しました。その結果、最終的に44種類の膜タンパク質が大腸がん創薬ターゲットタンパク質の候補として同定されました(4)。
また、本プロジェクトでは診断薬の新規標的タンパク質の探索も行っており、最近、血中のエクソソームを用いて、大腸がんの新しい早期診断マーカーを発見しました。エクソソームは細胞から分泌される微細小胞ですが、細胞間の情報伝達に関わる重要な因子を有すると言われており、最近特に注目されている小器官です。本プロジェクトではそのエクソソームの中に、大腸がんの早期発見に有用なタンパク質を約20種類同定し、その中には、下図に示すように、非常に高精度(ROC曲線のAUC>0.95)で大腸がんを診断できるバイオマーカータンパク質を発見しました(5)。
(参考文献)
- Kume H, et al. Discovery of colorectal cancer biomarker candidates by membrane proteomic analysis and subsequent verification using selected reaction monitoring and tissue microarray analysis. Mol Cell Proteomics 2014,13:1471-84.
- Shiromizu T., et al. Quantitation of putative colorectal cancer biomarker candidates in serum extracellular vesicles by targeted proteomics. Sci Rep 2017, 7, 12782.
3-3.リン酸化プロテオミクスを用いた新規創薬標的探索
創薬標的候補としてもう一つ有望視されているタンパク質はキナーゼです。その理由として、がん、生活習慣病を代表とするほとんどの疾患は細胞内シグナルの異常によって起こっており、その主役がキナーゼだからです。従って、その疾患の原因となるキナーゼがわかれば、それが創薬の標的となります。実際、現在がんの新しい分子標的薬の主流はキナーゼ阻害剤で、その分子標的薬の出現のおかげで、がん治療が画期的に進みました。しかし、現在の創薬標的となっているキナーゼは全体のまだほんの一部に過ぎず、疾患と関連する新しいキナーゼが同定できれば、創薬に繋がる可能性が高いと言えます。
そこで、本プロジェクトでは最先端の大規模リン酸化プロテオミクス技術と独自のキナーゼ活性化予測法を用いて、新しい創薬標的となるキナーゼの探索を進めています。患者由来の細胞を用いてリン酸化プロテオミクスを行い、同定された数万種類のリン酸化サイトデータをもとに、キナーゼ‐基質データベースを用いて活性化しているキナーゼを予測します。予測されたキナーゼに対して、siRNAによる発現抑制実験やその阻害剤による検証を行うことにより、そのキナーゼが創薬標的となりうるかどうか確認します。例えば、セツキシマブ耐性大腸がんで特異的活性化が予測される17キナーゼを発見し、その内がん原遺伝子チロシンプロテインキナーゼ(SRCキナーゼ)標的薬がセツキシマブ耐性大腸がんに対して有効である事を明らかにしました(6)。下図は非小細胞性肺がんの分子標的薬の1つEGFR阻害剤エルロチニブが効かない患者さんに対する新しい創薬標的としてCDKというキナーゼを同定、検証した例を示しています。また培養細胞だけでなく、がんオルガノイドを用いた解析(7)など、様々な臨床由来検体に対応した解析手法の開発も進めています。さらに微小内視鏡生検検体からも、高感度にリン酸化情報を取得し、患者毎の違いを明らかにするための手法を開発しました(8)。
このように、リン酸化プロテオミクス解析およびバイオインフォマティクスを用いたキナーゼ活性予測は、新たな創薬標的の発見のための非常に優れた方法で、現在治療法のない病気の原因が特定され、新たな治療法の提案ができる可能性があります。
(参考文献)
- Abe Y, et al. Deep Phospho- and Phosphotyrosine Proteomics Identified Active Kinases and Phosphorylation Networks in Colorectal Cancer Cell Lines Resistant to Cetuximab. Sci Rep 2017, 7, 10463.
- Abe Y, et al. Improved phosphoproteomic analysis for phosphosignaling and active-kinome profiling in Matrigel-embedded spheroids and patient-derived organoids. Sci Rep 2018, 8, 11401.
- Abe Y, et al. Comprehensive characterization of the phosphoproteome of gastric cancer from endoscopic biopsy specimens. Theranostics 2020, 10(5), 2115.
創薬標的プロテオミクスプロジェクト
ウェブサイト | https://www.nibiohn.go.jp/proteome/ |
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